社会常識と読解問題について

いよいよ大晦となりました。今年一年いかがお過ごしでしたか。
さて,一年の最後として,具体的な設問を例にして社会常識について考えてみたいと思います。
経済協力開発機構OECD)は,義務教育を修了した十五歳児を対象にして,社会に参加する上で必要な基礎的な能力をテストしていますが,次は10年ほど前に実施された読解力を問う問題の一つです。
 「次の手紙は一九九七年のある新聞に掲載されたものです。手紙を読んで以下の設問に答えてください。
  貧しい感覚
                              アーノルド・ジェイゴより
 ご存知でしょうか,一九九六年にオーストラリア国民がチョコレートに費やした額は,オーストラリア政府が支出した貧困層救済のための海外援助額とほぼ同じだったということを。
 私たちが優先すべきであると考えていることはどこか間違っていないでしょうか。
 これをあなたはどうするつもりですか。そう,これを読んでいるあなたです。」
 【設問】
 アーノルド・ジェイゴ氏がこの手紙から考えさせようとしているのは次のうちどれですか。
A 罪の意識
B 楽しみ
C 恐怖感
D 満足感


どれだと思われましたか。正解はAの「罪の意識」とされています。
しかし,社会常識を問う設問としては,これで成り立つかもしれませんが,例えば入試問題などでこれを出題するとなると,作成者としては疑問を感じます。
確かに,ODA(政府開発援助)などの開発途上国への援助と同額のチョコレートを消費するのは異常かもしれません。ただ,設問は「考えさせようとしている」のは何かと尋ねています。「罪の意識」は,「抱かせよう」とはしているかもしれませんが,「考えさせようとしている」ものなのかどうかは,はなはだ疑問です。
むしろ,チョコレートを食べる「楽しみ」や「満足感」を今一度「考えさせよう」としているかもしれません。あるいは,これだけチョコレートを食べることによる虫歯をはじめ人体への悪影響への「恐怖感」を「考えさせよう」としているのかもしれません。
しかも,ここでは,個人の快楽を得ることは罪であり,社会的貢献を優先させることが美徳であるという「社会常識」が働いています。
これについては,疑ってはいけないという,暗黙の了解が成り立っています。
そのため,他の選択肢は,強引に不正解とみなされています。

これについては,もう一つ設問があります。

【設問】
 アーノルド・ジェイゴ氏がこの手紙で読者に起こさせたい反応または行動は何ですか。あなたの意見を述べてください。

模範解答例は,「海外援助額を増額すべきだ」という内容に沿った反応または行動です。
短い手紙文からは,アーノルド・ジェイゴ氏が,本当は何を望んでいるのかはわからないし,また,「あなたの意見を述べてください」とあるのに,一方向の解答しか受け付けないというのも納得できないものがあります。
社会常識に照らせば,きっとアーノルド・ジェイゴ氏はチョコレートの消費量が多いことに憤りを感じているだろう,そして,海外援助額の増額を望んでいるだろう,という推測が成り立ちます。
しかし,もしもアーノルド・ジェイゴ氏がチョコレート製造の関係者だとしたらどうでしょう。まったく反対の意見になりますね。
また,チョコレートの消費額ではなくて,これが政府が推し進める産業ー例えば自動車工業などの製造額だとしたらどうでしょう。
別の側面へ展開していきますね。
つまりは,チョコレートの賞味は,贅沢なものであり,けしからんという揺ぎない考えが根底にあるのは確かです。
社会常識として誰もが認めているものにも,必ず異説や例外は存在すると思います。
それを画一的なものとしてテストするのは,いかがでしょうか。
少し強引過ぎませんか。
ただ,読解力の問題では,往々にしてこうした社会常識をからめたものが出題されます。
教材作成者としては,こうした設問に触れる度に,問題として適切であるかどうか悩みこんでしまいます。
最後に,一言付け加えると,手紙のタイトルの「貧しい感覚」というのも,決して決め手にはなっていません。
何が「貧しい感覚」なのか分からないからです。
チョコレートを貪ることが貧しい感覚なのか,少ない援助額で善しとしている人たちの感覚が貧しいのか,はたまた援助額を増やそうという訴えをすぐに起こさない人々の感覚が貧しいのか,これだけでは特定できないように思います。
みなさんは,いかが思われますか。