教科書の厚さについて

中学校の教科書改訂にともなう仕事が終わり,ふと「教科書の厚さ」について考えてみます。
もともと教科書の厚さが薄くなったのは,分厚い教科書=詰め込み主義=いじめ,登校拒否など諸悪の根源,といった図式が成り立っていたからではないでしょうか。
もっともらしい理由として「思考力」を伸ばす,というのがありました。
授業時間を減らし,土曜日を休みにして,確かに「時間」的には,ゆとりは生まれたと思います。しかし,それによって「思考力」は伸びたでしょうか。より創造的,建設的な生き方ができるようになったでしょうか。
どうしても学習しなければならないことがらであっても,ページ数を減らすために,より簡略化した説明にせざるを得ません。
そうなると,学校の現場で,簡略化された説明を補って指導しなければならなくなります。
その結果,先生によって授業に差ができてしまうことになります。
教科書が分厚くなれば,それだけ説明を丁寧にすることができますので,教科書で理解しやすくなります。
授業される先生方にとっても,教えやすくなるのではないでしょうか。
分厚い教科書が諸悪の根源,詰め込み主義につながる考えが,私には理解できません。

たとえば「石油危機」に関する説明として,「第四次中東戦争の影響で石油価格が暴騰し,石油危機がおこりました。」というのがあったとします。もし,これ以外に何も説明されていなくて,生徒はすんなりと理解できるでしょうか。
中東戦争がどういうものであり,産油国がどのような動きを見せ,石油資源をほとんどもたない日本がどのような影響を受けたかを説明してあったほうが,理解しやすいのではないでしょうか。
もし,簡単な説明で理解しにくければ,テストで点をとるために,生徒は恐らく上記の説明を暗記しようとします。
しかし,全部の事項を暗記することはできないので,結局理解できないまま終わってしまうことになります。
このように,教科書での説明が少なくなれば,逆に「暗記」に頼る生徒が増えてしまう面もあるのではないでしょうか。
もちろん,すべての項目が丁寧な説明になったとは言えませんが,理解を助ける資料や図版などが増えれば,それだけ理解がスムーズになります。
ですから,教科書が分厚くなる→理解できない生徒が増える→不満をもった生徒が暴れる,という図式を思い浮かべるのはやめてほしいと思います。
逆に,教科書を薄くして,暴力やいじめが減りましたか。
むしろ,説明が簡略化すればするほど,生徒の理解に差が生じやすくなると思います。
思考するには,知識も必要です。
教科書は,そのベースとなるラインを示してくれるものだと思います。
もっと分厚くなっても良かった,と思うくらいです。
みなさんは,いかがお考えでしょうか。