まる暗記について

今は,中堅の進学校になっていますが,かつてはそれほどの進学実績がなかった,ある高校での話です。
日本史では,ひたすら年表を覚えさせられ,そのテストも繰り返されたとのこと。
それも,年表と一字一句違っていても×にするという徹底したものだったらしいのです。
(例:御成敗式目を制定する…○ 御成敗式目を定める…×というように)
定期テストでも,ほぼこれに沿った内容の出題であったということです。
年代を覚えることが悪いことだとは言いませんが,年代の暗記=歴史の学習というのは,英単語の暗記=英語の学習と同じ発想で,とうてい考えられないことだと思います。
最近,ようやく小学生のうちに47都道府県は覚えさせるべきだという考えに戻ったようですが,こうした,絶対に必要なことがらの暗記については,私は賛成です。
歴史の学習でも,時代名やその順序を知らないというのは,確かに大きな妨げになるでしょう。
ですから,本当に必要なものは,強制してでも覚えさせる必要はあると思います。
しかし,ものには程度というものがあります。
細かな項目に至るまで,また,年表に書かれている通りに書いていないと×にするというのは,常軌を逸しています。
実際には,たとえば年代の古い順に並べ替える問題は,私もよく出題しますが,しかし,年代を正確に覚えていなければ正解できないという問題はいっさい出題していません。
ことがらの関連性をつかみ,どの事件のあとにどの事件がおこるのか,ということを理解していれば,正解できるように出題しています。
そうだからと言って,年代をまったく覚えなくてもよいということではありません。
特に,時代の始まりは,いつごろかということは押さえていないと,歴史の学習ができないでしょう。
ひたすら暗記の反復学習をさせられている生徒が,もしいたなら,私は同情すると同時に心が痛みます。
映画を鑑賞することなく,その映画の配役やキャストやストーリーの概略や,制作費などを詳細に覚えたとして,映画が好きになりますか?
まる暗記の反復学習は,これと同じことをしているように思えてなりません。
歴史も地理も面白いものなのです。
その魅力を伝えるのが教師だと思います。
魅力が伝われば,生徒は自ら興味をもってどんどん吸収していくと思います。
どうも,役割を誤解している方がおられるようで,暗澹たる気持ちになります。
みなさんは,いかが思われますか。